市船と四中工が示した守備力の重要性
第90回全国高校サッカー選手権 総括

2012年1月10日(火)

■多くのゴールが生まれた今大会

四日市中央工は一歩及ばず敗れたが、決勝戦では両チームが激しく、緊迫したサッカーを見せた

市立船橋は守備陣の成長と、もともと持っていた攻撃力がかみ合い、頂点まで駆け上がった【写真は共同】

 2−1、2−2、3−0、5−1、5−3、3−3、4−1、2−2、2−0、2−1、6−1。
これは今大会、筆者が準決勝まで取材に行ったすべての試合のスコアだ。
11試合ですべて2点以上入っていることになるが、正直、ここまで現場でゴールを見た大会はこれが初めてだった。
筆者が見にいった試合以外にも、この大会はたくさんのゴールが生まれた。

 この背景には、攻撃サッカーを掲げるチームが増えていることもあるが、裏を返せば守備力の低下を示している。
これは今大会を通じて、各方面で言われていることだ。
「近年の高校サッカーは守備力が低下している」
 今大会の総括では多くで指摘されているこの部分にあえて触れていきたいと思う。

 まず守備において、センターバック(CB)の人材不足という声が上がる。
これは日本サッカー界全体に言えることで、優秀なアタッカーやボランチが多くいる反面、
CBとしてトータルバランスの取れた選手は少ない。
現に過去の年代別代表を見ても、180センチに満たない選手がCBに入ったり、
本職がCBではない選手がこなしていることが多い。
A代表においても今野泰幸と吉田麻也はいずれもCB一筋ではなく、もともとはボランチの選手である。

 高校年代においても、180センチを優に超え、空中戦も対人プレーもフィードも優れたCBの人材は、
ほかのポジションに比べて層が薄い。
今大会全体を見ても、180センチ以上のCBを抱えているチームは少なかった。
もちろん高さだけがすべてではないが、将来的に考えるとCBにおいて必要不可欠な要素だけに、
全体的なもの足りなさを感じざるを得ない。

 しかし、これだけが守備力の低下を示しているわけではない。より重要かつ深刻な問題となっているのが、
守備に対する考え方の問題だ。

「今、バルセロナのパスサッカーがすごく話題になっていて、それを見本にして、
パスサッカーを趣向しているチームがたくさんいる。
でも、バルセロナという理想的なサッカーの本質はうわべだけのパス回しではなく、
世界トップクラスの選手が次から次へとポジションを取って、相手ボールを奪うためにどんどんスライドしている。
クラブワールドカップでは、サントスがバルセロナを相手にパスを3〜4本以上回せなかった。
わたしには、それが衝撃的でした。いくらパスサッカーを趣向しても、
プレッシャーの緩い状況下での試合や練習をしていては、世界で戦うのは難しい」

 これは決勝後の記者会見で、四日市中央工の樋口士郎監督が語った言葉だ。
この言葉にすべてが凝縮されていると言っていい。

■“きちんと守る、きちんと攻める”が徹底されず

 近年、高校サッカーだけでなく、Jユース、小学生、中学生年代でもバルセロナを引き合いに出す指導者やチームが多い。
目標としている選手を聞くと、シャビやイニエスタの名前を挙げる選手が圧倒的に多いのだ。
これ自体は悪いことではないが、『猫も杓子(しゃくし)も』感は否めない。

 世界の名だたる名将たちをもってしても、「バルセロナのサッカーは特別。
まねできるものではない」と言わしめるサッカーを当然、コピーできるはずがない。シャビやイニエスタになれるはずもない。
大事なのはそこからいかに本質をいくつかピックアップして、それに近づけるか。
樋口監督の言葉のように、バルセロナのサッカーをパスサッカーという非常に抽象的なものにとらえて、
それをまねしようとしているきらいがあるのは事実だ。

 現に今大会を見ても、フリーでボールを受けて前を向けばチャンスなのに、周りを見ないでダイレクトでパスをつないだり、
シュートを打つべき場面でも味方につないでしまったり、
無理してつなごうとするあまりバックパスが多くなっているチームが多かった。
そしてショートパスばかりを多用して、ボールサイドに偏っては、守備を得意としているチームに囲い込まれ、
そこから逆サイドに展開されてショートカウンターであっさりとやられてしまう。

“つなぐ”という作業にばかり目がいってしまい、本質である、“きちんと守る、きちんと攻める”が
徹底されていなかった部分はあった。
それは見栄えはいいが、ささいなことでの脆さを抱えたチームが多かったことが、この大量失点にも影響している。

 もちろん、一概にすべてのチームがそうだったわけではない。
攻撃サッカーを掲げるチームには、前線にタレントがそろっているチームだけでなく、
逆に守備陣に人材がいないから攻撃サッカーを掲げざるを得ないチームも見受けられた。
それはJユースに人材が流れる高校サッカーの現状を表していて、指導者の苦悩を映し出しているものでもあった。

■市船と四中工が決勝に進出した理由

四日市中央工は一歩及ばず敗れたが、決勝戦では両チームが激しく、緊迫したサッカーを見せた【鷹羽康博】

 ただ、決勝戦に大きなヒントと希望の光があった。大量点が入る試合が多い中で、決勝のスコアは2−1。
それも延長戦を除けば、ゴールは試合開始1分と試合終了間際の91分の1ゴールずつ。つまり90分間は0−0だったことになる。
なぜ決勝はこのような試合になったのか。
「ハードワーク、高い守備意識を持ち続けることをベースとして、パスサッカーを趣向していくことが大事」(樋口監督)

「選手たち全員が『失点したくない』という強い気持ちを持っていた。
これまで失点が多かったので、どこにアプローチをするか僕らと選手たちで考えて、急に市船の伝統(=堅守)を変えるのではなく、
今までやってきたことを大事にしようと考えた。今日はその伝統が出た」(朝岡隆藏監督)

 市立船橋と四日市中央工。この両チームはいずれも守備が今大会トップクラスだった。
市船は堅守で有名だったが、FW岩渕諒、和泉竜司、菅野将輝ら攻撃陣にタレントが多かったこともあり、
就任1年目の朝岡監督は途中までは攻撃に重きを置いたサッカーを展開していた。
しかし、インターハイ初戦敗退やプリンスリーグ関東の低迷を受け、原点に立ち返り、守備のテコ入れを本格的に行ったことで、
今大会での彼らのサッカーは飛躍的に成熟した。

 もともとCBだった鈴木潤が左サイドバックに回り、右サイドバックには182センチの米塚雅浩が、
CBには種岡岐将と小出悠太の2年生コンビが入った。
このCB2人は180センチに満たない身長だが、守備意識、そして守備センスは非常に高いものがあった。
 攻撃の時も常に守備のことを考え、味方がボールを失った時のことを想定したポジショニングを取る。
たとえラインを上げたところで相手に裏を取られても、半身の状態にして、常に最悪なケースを想定しているだけに、
素早く追いかけて、すぐに捕まえることができる。

 決勝でも四日市中央工の鋭いカウンターに対して、素晴らしい対応力を見せた。
それはこれまでのチームだったら、あっさりと抜け出されてやられていたシーンだった。
「市船は堅守でなければいけない。市船のCBを任されるということは、それだけで重みがあります」
 これは小出の言葉だ。この言葉こそ、非常に重要なメッセージであり、市船がこれまで積み上げてきた伝統でもあった。
“市船のCBたるゆえん”を説明しなくても理解しているからこそ、彼らは身長が低くても、自覚と意識の高さをベースに、
自分たちの持っている技術を最大限に発揮できたのだ。
 この守備陣の成長と、もともと持っていた攻撃力がかみ合い、市立船橋は頂点まで駆け上がることができた。
これは夏までの彼らを知る者にとっては、予想もつかないことであった。

■課題解決のヒントは決勝戦に隠されている

 四日市中央工もそうだ。得点王に輝いた浅野拓磨とそれに次ぐ6得点を挙げた田村翔太のコンビにばかり注目が集まるが、
彼らの見せた組織的なプレッシングは見事だった。
ディフェンスラインは全員が180センチ未満で、CBは坂圭祐が169センチ、
西脇崇司が173センチと今大会の中でもかなり低い方だった。
しかし、彼らはそれを全員の高い守備意識とハードワークでカバーした。

 選手たちは樋口監督が掲げる“オールコートプレス”の意識を徹底して植え付けられた。
ボールホルダーに対して、必ず1人がアプローチにいく。アプローチにいったら、それに合わせて全体がスライドする。
そしてそれを繰り返し、ボールを奪ったらリスク覚悟で一気に前に出ていく。今大会はそれが見事にはまった。

 ポゼッション型が多いチームに対し、素早く囲い込んでボールを奪って、攻めていくサッカーは非常に効果的だった。
もちろん四日市中央工もつなぐ力を持っていた。だが、それに固執しないで、
“きっちり守って、きっちり攻める”を全体が高い統一意識の下でできたからこそ、相手を次々と粉砕できた。

 この両チームの決勝戦は、今大会見た中で一番守備が締まって、局面の攻防、球際が激しかった試合だった。
しかも、それを90分、プラス延長20分という長きにわたって見せてくれた。最後の最後に激しく、緊迫したサッカーを見せてくれた。

 この試合に守備力低下という課題を解消するヒントが隠されている。
勘違いしてほしくないのは、決して“守ったもの勝ち”ではないということだ。より攻撃の質を高めるために、守備の意識を高める。
ガチガチに引いて守るのではなくて、攻守の切り替えの早さ、ポジション取り、体の向きなどの細かい意識の重要性、
個々のリスクマネジメント能力、そして1対1の強さ、ボールコントロールなどの技術。
これを意識して身につけることこそが重要であるということ。
それはあこがれの的であるバルセロナのサッカーの本質でもある。CBという観点で言えば、
あとは185センチ以上のCBがより多く出てきてほしいのもあるが……。

 大量得点の傾向を生み出した大会によって、浮き彫りになった課題解決のヒントは、決勝戦に隠されていた。